『ワンペアレント・ファミリー(離別母子世帯)に関する6カ国調査』

| 研究報告書一覧に戻る | 「消費生活に関するパネル調査」の報告書 |

『ワンペアレント・ファミリー(離別母子世帯)に関する6カ国調査』

『ワンペアレント・ファミリー(離別母子世帯)に関する6カ国調査』

  • 財団法人 家計経済研究所編
  • 大蔵省印刷局
  • 1999年3月発行
  • A4判232頁 定価2100円(税別) 在庫なし

 家族観の変化や家族でも個別化が進むにつれ、近年ではひとりの親、とくに母親と子との組み合わせで「家族」を構成する例が珍しくなくなってきた。このパターンのウェイトが高まってくると、従来型の家族を基準とした家族政策はとれなくなる。そこで、アメリカ、イギリス、スウェーデン、オーストラリア、香港の5カ国を選び、さらに日本を加えた6カ国について、同一のインタビュー調査を行い、その結果を分析することによって、各国間の特性を明らかにした調査研究報告書。
 本書および本プロジェクトについてのお問い合わせは、財団法人 家計経済研究所(電話03-3221-7291、FAX: 03-3221-7255、e-mail: info@kakeiken.or.jp)までご連絡ください。

概要

 われわれの研究プロジェクトの目的は以下の3つである。
(1)離別母子ワンペアレント・ファミリーの置かれている経済的立場を、その家計の営みにまで掘り下げて客観的に明らかにする。
(2)結婚中期間の家計内不平等の実態、および、離別による母子の生活水準の変化を明らかにする。
(3)離婚前の生活と離婚に至るプロセス、離婚後の生活との相互の関係を、生活意識や家族規範に留意しながら、動態的に明らかにする。
 本報告書の第Ⅰ部は日本の離別母子ワンペアレント・ファミリーを対象とし、その第2章と第3章が上の(1)の問題を、第4章が(2)の問題を、第5章、第6章が(3)の問題を取り扱っている。第Ⅱ部は、各国ごとにそれぞれ1章が振り当てられており、日本でおこなったのとほぼ同一内容のインタビューに基づいて、それぞれの国の離別母子ワンペアレント・ファミリーの状況が叙述されている。
 以下、今回の調査の実施に当たって設定した9つの論点、今回の調査の特徴ならびに検討結果を紹介する。

  • 論点1
     離婚前にもっていた男女観、とりわけ性別役割分業意識の違いが、シングルマザーの自立度、幸福度(happiness)を大きく左右する。日本では、伝統的に女性の間でも性別役割分業意識が強い傾向にある。
     妻が離婚前に「男は仕事、女は家庭」という性別役割分業意識にとらわれていた場合、あるいは、そうした意識をもちながら専業主婦であった場合には、次のような客観的、主観的な問題をもたらすことが予想される。第1に、職業的キャリアの浅さのため、良好な雇用機会を得ることが困難になる。第2に、離婚を機に就労してもそれは「やむを得ない」、「本来の意図と反している」との意識を払拭し難い。これらの事情は離婚後の生活の自立度、幸福度に否定的な影響をおよぼすことが予想される。
  • 論点2
     離婚前にもっていた子ども観、親子観の違いが、シングルマザーの自立度、幸福度を大きく左右する。日本では、子どものために離婚そのものを思いとどまる傾向が強い。
     子どもに対して、「私(母親)が離婚によって今より幸せになることが結局は子どものためになる」と考えるか、あるいは、「子どもにとって本来は両親が一緒に生活すべきである」と考えているかが、離婚後のシングルマザーの幸福度に大きな影響を与えるであろう。
  • 論点3
     離婚前に、離婚後の生活についての具体的イメージ、レディネス(心の準備)をもっていたかどうかが、離婚後のシングルマザーの生活に大きな影響をおよぼす。
     日本の離婚率は国際的にみてかなり低いが、それは、宗教的要因(カトリック)によるものではない。その背景には、離婚にともなう経済的コストの高さ、および、社会慣習やモラルの領域に属する非経済的な社会的障壁の高さがあると考えられる。
     と同時に、西欧では、結婚生活での「愛」の喪失そのものが、即、離婚につながるといわれるのに対し、日本では、離婚に至るまでに、かかる各種コストを事前に予想し、その結果、場合によってはそのコストの高さゆえに離婚を離婚を思いとどまるケースも少なくないといわれている。したがって、離婚後の生活およびその困難に関する事前の認識度を探ることは、日本の特徴を明らかにするうえで重要な意味をもつと考えられる。
     また、上のような事前の認識とレディネスが、離婚後の生活意識に何らかのプラスの影響をおよぼしているとしたら、離婚を考えている人々への有益な情報提供に資するところがあるであろう。
  • 論点4
     結婚期間中に母子が生活のために使える金額は、世帯内の貨幣の配分システムに左右される。場合によっては家計内に著しい不平等が生じ、離別が母子の生活水準の上昇をもたらすこともある。
  • 論点5
     「男は仕事、女は家庭」という性別役割分業を前提とする社会システムへの適応(婚姻期に無職あるいはパート就労)は、母子ワンペアレント・ファミリーの貧困問題を深刻化する。
  • 論点6
     日本では、養育費の確保、教育費や住居費に対する手当の整備が諸外国に比べて遅れている。就労機会の拡大に対する期待度は高い。これはいずれの国でも焦眉の課題である。
     離婚したシングルマザーは経済的自立が不十分である。というのは、性別役割分業を前提にした現行の社会システムのもとでは、既婚女性が常勤就労を継続することはきわめて困難だからである。これに加えて、養育費が不十分なこと、家計支出の内、教育費や住居費の割合が高いこと、から貧困に陥っていると考えられる。就労機会を拡大することにより、貧困から脱出することも可能と考えられる。そこで就労に対する意識についても探る。
  • 論点7
     わが国の母子ワンペアレント・ファミリーの場合、祖父母との同居による住宅・育児援助が重要な福祉資源となっており、母子世帯の団体や地域コミュニティの果たしている役割は小さい。
     今日では、国家福祉は重要なものではあるが、それだけでなく、家族福祉、企業福祉、あるいは地域福祉のもつ意味を看過することはできない。このことは、ワンペアレント・ファミリーの問題を検討する際にも当てはまる。
  • 論点8
     母子ワンペアレント・ファミリーに関わる権力ベクトルは、性差、人種、階層、年齢、結婚観、家族観などによって構成される。母子ワンペアレント・ファミリーは、様々な複雑な要素によって構成される強固な「近代家族観」から「逸脱する家族」として了解され、スケープゴート化されている。母子ワンペアレント・ファミリーを「逸脱する家族」とする認識が消え去らない限り、精神的抑圧=社会的貧困状況は解決しえない。
  • 論点9
     母子ワンペアレント・ファミリーが生活保護受給を選択するのは、単に物質的貧困からだけではなく、母子ワンペアレント・ファミリー特有の問題があるからである。

要約

 各章の要約は以下のとおりである。
 第2章では、論点6の母子世帯が経済的貧困に陥る主要な要因として上げられている養育費の不十分性、家計支出のうちの教育費や住居費の割合の高さについて取り上げそれを検討している。その結果、母子世帯は、生活必需性の高い「生活基礎費用」のウエイトが高くなるという低所得層に共通の特質を有しながらも、「生活周辺費用」の中の教育費が一般勤労者世帯よりもウエイトが高いという母子世帯固有の性格を持っていることが明確になった。全国調査との所得分布等を比較することによって今回の調査対象母子世帯の位置を確定する課題については、全国調査と比べると今回の調査対象世帯は、大都市圏に限定されているので、所得分布において若干高い層に偏っているといえるが、それほど大きな違いは認められず、むしろ近似的分布を示しているといえる。また母子寮世帯と同居世帯の特徴に関しては、母子寮世帯では、その収入は一般母子世帯の収入の75.2%と低いが、貯蓄のウエイトは高くなっている。消費構造においては、教養娯楽費が実額で母子寮世帯が一般母子世帯の2倍、ウエイトで9.5ポイント上回っている。この費目に生活の標準化作用が集中的に現れていると考えられる。さらに収入の高低には関係しない現代的貧困の存在が母子寮世帯のケースの中に確認された。他方、同居母子世帯では、持ち家の同居母子世帯の所得水準が非持ち家の6割しかないことが示され、親の住居の所有形態が同居類型と所得水準を規定していることが明らかになった。
 第3章では、児童扶養手当制度、養育費を中心に、前述の論点6のうち離別母子世帯の「自立」をとりあげ、これの支援に向けた生活保障について検討している。その結果、現行の児童扶養手当制度は、高額の養育費を受け取っていても支給し、2段階制による支給を行っているが、これが就労を抑制し、離別母子世帯の「自立」につながらないことをインタビューの発言から明らかにしている。また、離婚後の「自立」を助ける養育費については、取り決めすらできないケースがある一方で、父親側だけでなく母親側も養育費に対する認識が十分でなく、子のための養育費を夫婦の問題と混同しているケースもあること、そしてこれが養育費受け取り割合の低さにつながっている可能性も示唆している。さらに、日本では就労、住宅、保育の施策が不十分であるが、企業側の理解があってこれらの面が恵まれているケースでは、「自立」の重要性を認識し、これに対する高い評価をしていることも示されている。こうした結果から、今後は、児童扶養手当の議論だけでなく、就労、住宅、保育に関する施策の積極的な展開が望まれることを指摘している。
 第4章では、前述の論点4について、すなわち離別前の世帯内の貨幣配分システムと妻子の生活水準との関連を権力の視点から検討している。インタビュー対象者44ケースのうち、女性が家計内の不平等を認識していた31ケースを分析した結果、これらのケースの多くは配分システムがどのような類型であれ妻子の生活費が著しく不足しているため、類型化が意味を持たないことが明らかになった。そこで、第4章では類型化は行わず、夫の所得が妻子の生活に充てられていたか否かを基準に分析した。その結果、分析対象ケースの貨幣配分システムは、夫の所得が一部しか渡されない、あるいは、一旦はすべて渡されたとしても結果的に夫に奪い取られ家族全体の必要に充てられないという特徴があった。後者のケースでは、夫が妻に所得を渡す行為は単なる形式に過ぎない。かたちのうえでは管理を妻に委任しておきながら、実際には夫が使途を支配していた。さらに、夫の所得だけでなく、妻自身の所得や資産さえ夫に支配されていた女性もいた。このような女性にとっては、夫との離別はむしろ「貧困からの脱出」になる。対象者の現在の所得水準は低いが、それでも、31ケースのうち3分の2が現在の方
が「暮らし向きが良くなった」と評価していたことは注目すべき結果であろう。
 第5章では、離別シングルマザーの生活と生活意識をとりあげている。ここでは、論点1、2、3、5、7の検討結果を要約しておく。第1に論点1と5については、「男は仕事、女は家庭」という性別役割分業意識は、結婚期間中の当該女性の就業・雇用形態と密接な関係をもっていていることがわかった。しかし、離別後についていえば、上のような関係はみられず、結婚期間中に「無職」を選択した多くの女性たちも自らが稼ぎ手となって生活を支えていくことへと「気持ちの切り替え」が行われている。また、性別役割分業についての意見の違いは、その他の生活意識(例えば「困ったこと、辛かったこと」や「再婚希望」)や生活満足度(例えば「離婚してよかったか後悔しているか」)の違いをもたらしていなかった。これらのことは論点があてはまらないことを示している。ただし、論点5については、性別役割分業意識の違いが職業上のキャリアの違いを客観的にもたらしていることは否定できず、あてはまる。第2に論点2については、離婚に際しての母親の心理的葛藤の中心に子どもへの影響を懸念する視点がある。こうした葛藤がわが国での離婚率を低く抑えてきた一つの社会的要因であることは疑
いない。離婚→子どもの不幸、というとらえ方もみられたが、この場合、シングルマザーの離婚後の生活の満足度を下げることが観察された。ただし、多くの女性は不幸な結婚生活の継続→自分だけでなく子どもにとっても不幸、という考えをもっており、こうしたことは今後のわが国における離婚率の動向に大きな影響を及ぼしていくことであろう。第3に論点3については、「離婚後の生活のやりくり」を予測していた人が全体の3分の2いたが、この割合は、「予測などする余裕もなくとりあえず家を出た」ような事例があることを念頭に置くとかなり高いといえる。リスクを無視した衝動的なものは少ないのである。ただし、一般的な「予測」は具体的な「準備」とは次元の異なる問題である。後者の「準備」をおこなったのは44人中18人にとどまっている。仕事と住居の確保を柱として生活のさまざまな側面に及ぶこうした具体的な準備は、とりわけ離婚直後の移行期の生活を円滑にする上で必要なものである。第4に論点7については、親は他のどの「利用しうる資源」にもまして離別母子ワンペアレント・ファミリーの生活の維持に重要な貢献をしている。前夫の役割は、期待の面でも実際の面でも低く、ボランタリー(自助)グループの割合も低い。仕事と住居、経済問題が離婚後の生活の「基本」であるが、親はこの基本にかかわる部分で重要な役割を担っている。行政をはじめ各種のネットワークの機能する余地は大きい。
 第6章では、母子一般世帯を分析対象にした。第1にAタイプ(同居・近居→同居・近居)、Bタイプ(別居→同居・近居)は現実の同居・近居行為と相関して同居志向がみられた。しかしそれは必ずしも同居規範によるものというのではなく、親への経済的依存(被扶養意識)とみることができる。また逆に「非伝統的志向が強い」はずのCタイプ(別居→別居)でも、親からの一時的援助形態はみられた。第2に性別役割分業観は、タイプ別、属性別の特徴がみられなかった。また変化方向では、賛成側→反対側に移行するケースと、「わからない・その他」に移行するケースが目立った。後者の「わからない」という回答は、夫妻の役割分担が前もって保持している規範の作用によって、就労や家庭内役割が「現実」に選択されるわけではないことを示唆している。また、論点1の前提とは異なり、性別役割分業意識そのものが離婚前と離婚後では固定的であるとはいえず、そのため自立度、幸福度も多様であった。第3に〈両親育児規範〉もタイプ別、属性別の特徴はみられなかったが、全調査対象者の3分の2がもっているという意味で、全体に強く作用している規範であった。論点2に関わるが、離婚自体はプ
ラスに考えていても、「代替不可能性」の規範も保持しているために、この葛藤を起こしており、少なくとも葛藤=不幸という図式はあてはまらない。これらをまとめると、同居行為=同居志向が扶養関係や分業観などの「伝統的」意識・規範を示しているわけではなく、その逆もいえなかった。またこの「伝統的・非伝統的」という二分法とは異なるところに、性別役割分業観があり、〈両親育児規範〉があった。つまり仮説的にいえば、従来の二分法的視角には限界があり、二分法とはまったく別の新しい視角が必要とされているのではないだろうか。  

MENU